世界宝石物語   

ナポレオンの辞書を書き換えた〜サファイア〜
   

 皇帝の石。出世したい人必見! 〜ナポレオンのブルーサファイア〜

ナポレオン一世の愛妃ジョセフィーヌが初めて目にしたのは1804年8月、それは夫ナポレオンが人民投票で皇帝となって僅か3ヶ月後の事でした。

アーヘンの都ではカール大帝が宮廷礼拝堂を建設して1000年の祝賀ムードに包まれていました。

そんな時ジョセフィーヌが大聖堂にやってきました。歴史的な聖遺物が多く特にカール大帝の守護石とされていたサファイアは「持つ者を必ず皇帝にする」という秘宝でした。

その秘宝のサファイアを特別にジョセフィーヌに見せることになりました。そのサファイアを見るなり何を勘違いしたのかジョセフィーヌは「これで結構よ!」といいます。ナポレオンがドイツを征服した際、寺院側はナポレオンに聖遺物の中から何かを謙譲する約束になっていました。しかしまさかジョセフィーヌが見せるだけのつもりだった秘宝のサファイアを所望するとは思っても見なかったのです。結局ナポレオンの命令に従ってジョセフィーヌの望むものを与えねばならずサファイアは彼女の手に渡りました。そのサファイアはカール大帝の護符だけでなく聖遺物の中でも飛びぬけて特別なものでした。カール大帝の父・ピピンがイタリア半島をローマ教皇領として法王に謙譲した時法王からお礼にもらったという歴史的にも超一級の由緒あるものでした。その意味をジョセフィーヌは知らず単純に宝石好きの夫がさぞ喜ぶだろうと考えてサファイアを申し出ただけでした。

ナポレオンは世界を征服する石をいとも簡単にジョセフィーヌへ譲ります。

ジョセフィーヌがコルシカ生まれの小男ナポレオンと結婚に踏み切った時彼はまだ軍人。当時ジョセフィーヌは結婚していましたが、フランス貴族の夫がフランス革命で断頭台に送られた為二人の子供を抱え生活苦に喘いでいるときでした。6歳も下ナポレオンの求婚に応じたのは生活の為でした。

彼女はナポレオンを見下し浮気三昧。夫は妻の浮気にイラつきながらも喜ばれたい一心で努力しフランス皇帝にまで上りつめたのでした。ナポレオンがサファイアをジョセフィーヌに譲ったのは訳がありました。サファイアは古来より浮気を封じ込めると言われがある為、ジョセフィーヌの浮気をおさめる為でした。ジョセフィーヌはカール大帝のサファイアをお守りにしてから人が変わったように夫に尽くし洗練された社交術は夫のブレーンを増やし皇帝の守護天使と言われるほどでした。いつしか立場は逆になり派手に浮気を繰り返すのはナポレオンの方になりました。

その結果、愛人に子供が出来ると彼との間に子供のいなかったジョセフィーヌは身の置き場がなくなりサファイアを手に入れて僅か6年後1810年、二人の離婚話と同時に、ハプスブルク家のマリー・ルイーズが新しい后として決まりました。ジョセフィーヌは皇后の位を放棄する宣言を王室や重臣の前で行いました。離婚を申し出ることが一番の愛の証と自分に言い聞かせ宣言文を読み上げました。ナポレオンは大変感激し、彼はこの健気な年上の元妻に対し宮殿、侍従と年金を付けて送り出しました。翌年待望の皇太子が誕生。ナポレオンはローマ王に任命されます。けれどこの幸せを頂点にロシア進攻という破滅への道をたどる事になります。妻のマリー・ルイーズは彼がエルバ島に流された時、オーストリアへ帰ってしまい、結局生涯ナポレオンが亡くなるまで会いに行く事はありませんでした。

人々はナポレオンが不幸になったのはあの「皇帝の石」を手放したからだと言いました。一方ジョセフィーヌは・・政府と連合軍から丁重に扱われマルメゾンはロシア皇帝までも訪れる華やかなサロンとして人気を集め、何不自由なく51歳で静かに息を引き取りました。

その後そのサファイアはジョセフィーヌの娘でナポレオン弟の后になったオルタンス姫からその子のナポレオン三世に渡りました。彼が第二帝政を立て専制政治を行いました。やがてウージュニーの手によってフランス東北部・ランスの大聖堂におさめられ教会の重要な宝物となりました。

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