世界宝石物語   

悪魔の青い微笑み 〜ホープダイヤモンド〜
  

 ダイヤモンドは人格を問われる石で、立場や心が正しい人が条件でプラスに働きます。逆に自制心を失い、心を乱していると効力がなくなったり、時によりマイナスに働きます。けれど、そんなダイヤモンドの効力を遥かにに超え、持ち主の運命を突き落としてきた悪魔の宝石がありました。

それが世界で最も有名で、世界で最も恐れられている宝石、ホープダイヤモンドです。

多くの人にどれほどの影響を与えてきたのか、このダイヤモンドの凄まじい魔力をご紹介します。

その昔、インドにしか産出しなかった、ダイヤモンド。ヨーロッパの王族にとって憧れと財力と権力の象徴として競って手に入れていました。時はフランス国王ルイ14世の時代・・

フランス王家の中でも特に宝石蒐集家として名高かったルイ14世。その臣下ダヴェルニエはインドのムガール王国へ出かけ、多くの宝石をヴェルサイユ宮殿に持ち帰りました。その中で最も注目を集めたのが、美しいブルーダイヤモンドでした。

最大の悲劇の幕開けです。その後、多くの人の手にこのブルーダイヤモンドは渡されていき、多くの奇妙な死や不幸が訪れますが、それはこのダヴェルニエの入手方法が問題だったと言われています。

入手方法はインド半島の西、コールルーン河の一支流の河畔で農夫が見つけたもの。そして農夫からペルシャ軍の指令官に渡り指令官からジャハーン王に渡ったとの事でした。けれど一説には古都のある寺院のラマ・シータ:ヒンズー教の女神 の像の額に青いダイヤモンドをダヴァルニエが盗んだと言われています。そしてその罪か罰か・・不幸の幕開けとなります。

まず指令官は自殺、ジャハーンは臣下の反逆で無残な死を迎えます。タヴェルニエ自身はせっかく宝石で得た莫大な財も息子が投機に失敗し破産、熱病におこされ死亡。一説には野犬に襲われて死亡したという説もあります。

 それから5年後、ハート形に67カラットにカットされフランス王家で継承され孫のルイ16世の手に渡ります。最初の持ち主ルイ14世は天然痘で亡くなったとき人々はタヴェニエルの不幸な末路と重ね合わせ青いダイヤモンドの呪いだと噂しました。その後ルイ16世妃マリー・アントワネットもこのダイヤモンドを大変気に入っていました。彼女はフランス革命時、夫とともに断頭台で死を迎えた時もダイヤの呪いを囁かれます。革命後青いダイヤモンドは新政府が没収。宝物館に展示されていましたが、1792年盗難にあいます。

次にこのダイヤモンドが姿を見せるのはアムステルダムのダイヤモンドカット職人ウィルヘルム・ファルスのところへ青いダイヤモンドを2,3個にカットして欲しいと持ち込んだ男がいました。ファルスは希望どおりそれを再カットしましたがファルスの息子がそれを持ち出してしまいます。息子は大金を手に入れ有頂天でしたが、ファルスが責任をとって自殺。その事に責任を感じ息子も父の後を追うように自殺。

1830年 ロンドンの宝石商ダニエル・エリアゾンのところに餓死寸前のフランス人フランソワ・ボリューという男が青いダイヤモンドを持ち込みます。やがてエリアゾンは上得意の銀行家ヘンリー・フィリップ・ホープに見せました。ホープは大変気に入り買い取ります。それ以来この青いダイヤモンドはホープダイヤモンドと呼ばれるようになりました。1851年のロンドン万博にホープが出展した為、あのフランス帝王の青と判明しました。

その後ホープは終生、妻をめとらず独身で死亡。やがて一族は破産の憂き目にあいます。宝石を相続していたフランシス・ホープは気味が悪く1906年ニュー・キャッスル公夫人に売却。夫人はすぐニューヨークの宝石商フォセフ・フランケルに売却。ところがフランケルも破産。次にロシア貴族のカニトウスキー公爵が入手。彼は熱を上げていたパリの踊り娘の大事な舞台の為に彼女に貸しました。「ホープ」を胸に飾って踊った最後の日から数日後、踊り娘は情婦から嫉妬され殺されます。公爵もその二日後に謎の死を迎えます。公爵の遺族により「ホープ」はギリシャの宝石仲買人の手に渡ります。

1909年、その宝石商はパリの競売に出し、競り落としたのはトルコの王アブドル・ハミドニ世でした。高額であったため周囲を驚かせましたが、この宝石商、家族と共に自動車が断崖から落ちるという事故で即死。ハミド王もホープの所有者になって数ヶ月で軍の叛乱により王座をおろされパリへ亡命。その際ホープを持ち出しましたが輸送中盗難にあいます。次にホープが姿を現したのはカルチェでした。カルチェに勧められて購入したのはアメリカ大富豪エドワード・ウルッシュ・マクリーン夫人。彼女の息子は自動車事故で死亡。娘も睡眠薬の飲みすぎで死亡。夫のマクリーン氏はノイローゼになり息を引き取る。夫人が亡くなってからハリー・ウィンストンが購入。1958年宝石蒐集家としても名高いウィンストンはワシントンにあるスミソニアン国立自然博物館に寄贈。

魅惑的なブルーの光は数奇な運命に終止符がうたれました。世界で最も有名なブルーダイヤモンドの伝説として人々に受け継がれていくのでした。

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